2010年4月26日月曜日

伊藤計劃「虐殺器官」

と書いていて思い出したのだが、最近読んだ伊藤計劃の「虐殺器官」は良かった。何しろ、描写が滅茶苦茶にうまい。設定も良かった。
これはすごい作家を見つけたと喜んで他の著作「ハーモニー」も読んだが、これも良い。いつもそうするのだが、気に入った作家は一気にその著作をすべて読む。
しかし、あろうことか、この伊藤計劃は昨年末に亡くなっていたのだった。しかも享年25歳という若さでである。
残念、本当に残念である。

みんな長生きしてほしい

井上ひさしが亡くなって、他の敬愛する作家のことが気になってきた。
筒井康隆や小松左京は大丈夫だろうか?
筒井康隆は先日「アホの壁」を出版していたが、小松左京はどうしているのだろう。「虚無回廊」の続きは読めるのだろうか。
井上ひさしだけではなく、彼らの本もほとんど全てむさぶり読んだし、それが私の精神の血となり肉となっている。できうるなら、少しでも長生きしてもらい、一冊でも多くの本を書いてもらいたい。
心から願う。

SF作家で言えば、アーサー・C・クラークが亡くなったのが一昨年。大学のときに読んだ「都市と星」、「宇宙のランデブー」、「楽園の泉」の衝撃は今も忘れられない。

2010年4月24日土曜日

井上ひさし死す

小説「吉里吉里人」やNHKの連続人形劇「ひょっこりひょうたん島」の台本のほか、戯曲やエッセーなど多彩な分野で活躍した作家の井上ひさし(いのうえ・ひさし、本名・●=ひさし)さんが9日夜、死去した。75歳だった。葬儀・告別式は近親者で行い、後日お別れの会を開く予定。
家族によると、昨年10月末に肺がんと診断され、11月から抗がん剤治療を受けていたという。
井上さんは昭和9年、山形県生まれ。上智大在学中から浅草のストリップ劇場「フランス座」文芸部に所属し、台本を書き始めた。39年からは、5年間続いた「ひょっこりひょうたん島」の台本を童話、放送作家の山元護久とともに執筆、一躍人気を集めた。
44年、戯曲「日本人のへそ」を発表して演劇界デビュー。47年に「道元の冒険」で岸田戯曲賞を受賞して、劇作家としての地位を確立した。奇想と批判精神に満ちた喜劇や評伝劇などで劇場をわかせ、59年には自身の戯曲のみを上演する劇団「こまつ座」の旗揚げ公演を行った。
小説家としても、47年に江戸戯作者群像を軽妙なタッチで描いた小説「手鎖心中」で直木賞を受賞。絶妙な言葉遊び、ユーモアたっぷりの作風で多くの読者に支持され、エッセーの名手としても知られた。自他ともに認める遅筆で、台本が間に合わず公演が延期となることなどから、「遅筆堂」と自称していた。
一方、戦争責任問題を創作のテーマに掲げ、東京裁判や原爆を主題にした作品も数多く発表。平成15年から19年にかけて日本ペンクラブ会長を務め、16年には護憲を訴える「九条の会」を作家の大江健三郎さんらとともに設立した。
戯曲「しみじみ日本・乃木大将」「小林一茶」で紀伊國屋演劇賞と読売文学賞(戯曲部門)、「吉里吉里人」で日本SF大賞、読売文学賞(小説部門)。小説「腹鼓記」「不忠臣蔵」で吉川英治文学賞、「東京セブンローズ」で菊池寛賞など受賞多数。16年に文化功労者、21年に日本芸術院会員に選ばれた。





この情報をニュースで見た妻がすぐに風呂に入っていた私に教えてくれた。
中学3年生のときに「吉里吉里人」を読んで以来、高校、大学と出版されていたほとんどの本を読んでいるし、深く影響を受けた作家の一人だ。
高校の時に再読した「吉里吉里人」は、再び私の心に強烈な影響を与え、ギリギリになって理系から文系に転向するきっかけともなった。また、左翼的な正義感を強く持つようになったのも(今はそんなことはないが)、井上ひさしの影響が強い。
今でも年間100冊程度の本を読んでいるが、「本を読むという面白さ」を教えてくれた恩人でもある。
そんなことを考えていたら、少し目がかすんできた。


「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、ゆかいなことをいっそうゆかいに」
ともすれば、この逆になりそうだけど、井上ひさしから教えてもらったことは今でも、これからも私の宝である。


心から冥福をお祈りいたします。



2010年4月17日土曜日

ハワイ三昧

去る3月22~27日まで家族旅行でハワイに行ってきた。
福山マラソンの次の日で、足はボロボロだったが、定番の潜水艦アトランティスに乗ったり、クアロア牧場に行ったり、途中プライベートビーチでゆっくりしたりといったとても楽しい旅行だった。

個人的には、ビーチに座って海と空と子どもたちを見ながら、今後の生き方について考えた時間が得がたいものだった。

ロコモコなどハワイの食べ物はどれもおいしかったし、空気もサラッとしておりとても心地の良いところだ。できれば年に一度以上は来たいものだ。
と、思っていたら何と二日連続でホテルの部屋の窓から「海からの虹」が見えた。
ハワイの自然もそう思ってくれているようだ。




新入社員研修

4月1,2日に備後ハイツにて、中小企業家同友会主催の「合同入社式&新入社員研修」があった。
私もスタッフの一人として参加。総勢42名が初々しい社会人デビューをした。
我が社からも2名。T君とW君が参加。二人とも元気で張り切っており、大変に頼もしい。
長い社会人生活、頑張ってほしいものだ。

将来の自分の夢・目標を明確にして、それに対する対策を書いていく時間も多く取っていたのだが、W君の3KM目標では3年後の家庭での子どもについて「まだ早い」、対策として「つける」と書いており大爆笑。
面白い新人で将来楽しみだ。

2010年3月28日日曜日

ふくやまマラソン 地獄を見た!

3月22日のふくやまマラソンでハーフに参加してきた。
トレーニング皆無、体重過去最高値、先週からののど風邪・発熱という三重苦の中、心は完全に「棄権」に傾いていたのだが、子どもの3kmの走りを見ていて生来の「お調子者気分」に火がついてしまった。
会社のW君、そして新卒入社のもう1人のW君に内緒でスタートラインに着き、直前で参加を告げてびっくりさせた。
そしてスタート。この日はとんでもない強風で川上から激しい風が吹き付けてくる。ならば川下に向かうときには追い風になって楽かといえばそうでもない。トレーニング皆無・過去最高の体重がすぐにきしみをあげる。スタートからわずか2km地点で左くるぶしが、更にしばらくすると右くるぶしが、続いて左ひざ、右ひざと次々に痛みが襲ってくる。ようやく河口付近を一周してスタート地点に戻ってきたときには本気で「途中棄権」を考えたが、ここまでくれば意地だというわけで走りつづけたが、中間点ですでに1時間数分経過、おととしの時には一時間を切っていたのだから相当の遅れだ。それでも懸命に走り続けたが、後半の箕沖の上りでひざがついにダウン。体重を支えきれなくなって激痛が走ったのだ。そこからは少し走って長く歩いての繰り返し。
屈辱的なことに、ラスト3kmで時間オーバーで失格となった。後片付けの進む中、何とか2時間40分あまりでゴール。準備不足は自分のせいだが、意思の力で完走(最後はほとんど歩きだったが)した自分を誉めてあげたい。
事前に走りこみをしていたW君は2時間28分でギリギリ完走。新人W君はわしと肩を組みながらゴール。
強風で顔の汗が乾燥して、顔面全体に塩が吹いていた。その量もはんぱではない、料理一人前程度ならできそうなくらいの塩である。
おそろしやハーフマラソン。
しかし、たまにやる「限界越え」。これって本当に良いものである。

2010年3月12日金曜日

わしってうつ病だったの?

水曜日の午後から関節が重く、喉も痛い、体温を測ったら熱があったので早退。翌朝病院に行ったら扁桃腺に膿がびっしりついているという。薬のおかげですぐに体温は下がったが、無理は禁物というわけで昨日、今日と会社を休むこととした。
休むといってもダラダラ過ごすのももったいないので、読書三昧とした。
この三日で読んだ本は、
安岡正篤「論語の活学」
朝倉慶「裏読み日本経済 ~本当は何が起きているのか~」
喜多川泰「手紙屋 ~僕の就職活動を変えた十通の手紙~」
清水克衛「「ブッダを読む人」は、なぜ繁盛してしまうのか」
小西浩文「生き残る技術 -無酸素登頂トップクライマーの限界を超える極意」
鳥居祐一「スピード・ブランディング」
本田直之「レバレッジ時間術」
小宮一慶「ビジネスマンのための「読書力」養成講座」
の計8冊。
間にDVDで「プロが教える成長株と勝ち組株の見抜き方」を見たりもした。
続けて今読んでいるのが、
P・F・ドラッカー「エッセンシャル版 マネジメント」
森信三「修身教授録 ~現代に甦る人間学の要諦」
などという結構固いものであるが、このような固いものをじっくり咀嚼しながら読むというのは頭にも良いような気がしている。


ところで、病院は近所のT胃腸科内科に行ったのだが、診察中にカルテを何気なく見ていると「H12.12.18 うつ病」と書いてあった。
えっ?わしってうつ病だったの?と驚いたが、よく考えてみてもそのような記憶はない。これは一体どういうことであろうか。
大体、この病院には二三年に一度風邪やらインフルやらで行くくらいで、精神的に参ったなどという理由で行ったことなどない。というか、そのような状態になったこともないのである。
されば何故?謎は深まる。